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怖い人~反社との対峙~

下調べ

「先輩、倒産歴がある社長の新規調査に当たったんですけど、その時の会社、先輩が担当だったみないなんですが。」

港区六本木。かつて悪の巣窟と呼ばれた事もあるそのビルには、設立間もない経営コンサル兼投資業を目的にする会社があった。同社代表の市松恵三(仮)は、過去に倒産歴及び逮捕歴があり、その時の担当だった先輩に話を聞いてみた。

「あいつ、また表にでてきたか。調査、気をつけろよ。」

とだけ言われ、なんら参考にならない。倒産歴や逮捕歴が頭の中でぐるぐる。そんなの、絶対カタギの人じゃないでしょー。この時点で、すでに先が思いやられる状況であった。

調査開始

調査が割り当たったからには、依頼者の判断を補助する為に、最大限情報収集に当たらなければならない。もちろん、私が勤めた会社は、詐欺師だろうと反社会的勢力であろうと、必ず名刺を渡しに行けという指令があった。すなわち、机上だけで不安がっても意味がないので、さっそくアポを入れる。

「信用調査会社の中村と申します。御社に信用状況の照会があり、取材に伺いたくご連絡致しました。」

「あ、信用調査さん久しぶりー!そうだよねー、調査依頼入るよねー。飯食い行こうよ!」

「いえ、少々多忙にしておりまして、まずは取材をお願いできれば。」「そっか。」

やばい。声のトーンがこれまで経験した想像上の強面社長と違う。本物や。関連企業を含めた商業登記を取り寄せ、事前準備を万全に行う。さて、倒産歴と逮捕歴は、どうつっこもうか。

取材当日

悪の巣窟と呼ばれたそのビルには、プライベートで何回か行った事があった。ハートランドビールのバーがオープンした頃には、男二人で行って完全に浮いてしまった思い出があるし、逆に展望台からの夜景をみながら、ロマンチックな時間を過ごした淡い思い出もある。

とにかく、遊びでしか行った事がなかった自分にとって、レジデンス棟と呼ばれる別の建物がある事は、その時初めて知ったのだ。英国系の車ディーラーの店舗脇にエントランスがあり、そこから呼び出す。何階かまでは覚えていないが、ワンフロアまるまる応接スペースになっているラウンジのようなところで、市松恵三と初見した。

肩幅広い!ちょい悪っぽい!あれ指が。名刺交換の際、それらがぱっと意識されたのも束の間、
「中村さん、ほら!悪の巣窟ビルの社長だよ!」

ほんとだ。ビジネス雑誌でしか見たことのない人が、目の前をお付きの人達と一緒に通り過ぎていく。

2時間ほどの取材は終始和やかだった。市松恵三がこれまで会ってきた信用調査会社の調査員の事(冒頭の先輩を含む)、レクサスの何モデルで地方までかっ飛ばしているか、空手が得意で腕っぷしには自信がある事。もちろん、ビジネスでは某ビール醸造所に出資したり、不動産関連企業に出資したり、資金の出どころは不明ながら複数の投資案件について答えてくれた。

倒産歴、逮捕歴については聞けなかった。いいのだ。直接聞くだけが能ではない。調査報告書の中に、エッセンスとして盛り込めればよいのだ。

調査報告

市松恵三に聞いたことを中心に、過去の倒産歴や逮捕歴、出資先の顔ぶれなど事細かに書いた。もちろん、要注意という想いが依頼者に届くように一生懸命書いた。思いもせぬクレーム第一号は、私が所属していた部署の一番偉い人からだった。

「中村君、この怪しい会社が投資しているって君が名指ししてる会社、俺が支店の時に仲良くしてもらった社長達の会社ばかりだぞ!なに調査してんだ!!」

「すみません。ですが確かに商業登記上の代表者も、市松恵三に変更されているのです。」

「え、ホントだ!!」そこからその一番偉い人による裏付け調査が始まり、最終的には警察にまで何かを聞いていたが、詳細は書かない。

「オッケー。ごくろうさん。」

ようやく依頼者のもとに調査報告書が届く。どうか取引判断を誤らないで欲しい。

軟禁

ほどなくして、市松恵三から電話が入った。

「おぉ、中村か? お前、調査報告書に何書いたんだ?お前が書いた報告書、手元に回ってきてるんだぞ。すぐ説明に来い。」

あ、人生積んだな。お世話になりました。上司に相談すると「骨は拾ってやるから一人で行って。忙しいから。」(原文ママ)と言われた。行くしかない。

例のラウンジに、初見の時の和やかさが消えた、鬼の形相の市松恵三。まさしく“デーン!”

深呼吸。

学生時代、国際協力学を学んだ教授の一人は、JAICAの前線で発展途上国の開発支援に尽力された方だった。

「中村君、不思議なもので、現地の武装勢力なんかと話さないと行けない事もあったけど、俺はJAICAの人間だ。国際協力を担う俺の使命だ!」って信じながら話すと、鉄砲玉なんて当たる気がしないんだよ。よくそう聞かされた。

作り話のようだけど、市松恵三を見て思い起こしたのはこの教授の言葉。「俺は信用調査会社の人間だ。まっとうではない会社のやりたい放題を防ぐのが使命だ。」

そう頭の中で繰り返しながら、市松恵三の質問攻めを交わした。交わし続けた。正味5時間。

「なんだ、強情な奴だな!今度飯食い行こうよ!」解放された。飯は絶対一緒に行かない。

その後

依頼者は何で調査報告書を市松恵三に回したんだろう。後で考えた事があった。

恐らく、市松恵三に出資や取引をすごまれ、断る為の術に困り、信用調査会社がこう言っているのでという事で渡したのだろう。私が5時間軟禁されても、一生懸命仕事をしているまっとうな会社のリスク回避に役立ったなら本望だ。

その後の市松恵三は派手だった。相変わらず資金の出どころはわからなかったが、どこそこに投資した、代表兼務になった、やれ今度は会長だと、市松恵三の会社のホームページではお知らせページの更新が忙しかった。最も目を疑ったのが「株式上場のお知らせ」。

「えっ????俺の調査、間違ってたじゃん。」

株式上場のお知らせから間もなく、NHKが市松恵三逮捕のニュースを報じる。

良かった。依頼者を守れていた。

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