info@nrating.jp
Kawasaki, Japan
044-440-7080

懇意企業の倒産と無力感

初めての同い年社長

秋葉原も徒歩圏内。岩本町の界隈に「統合」と名乗るその会社はあった。新設間もない「統合」の社長は、高田智之(仮)。電話口の対応も丁寧で、好印象を持たせる口調から、久しぶりに調査に行くのが楽しみな会社。

オフィスビルの7階に本社を構え、新設企業とは思えないような立派な什器。応接スペースまで設けられている。

長身の高田社長は、電話の口調通りの「ザ・いい人」といった風合いで、T-シャツにジーンズのカジュアルな仕事着が、堅苦しくスーツにネクタイ姿の私にはまぶしく見えた。

「中村さん、初めまして!」あの右わきに抱えるものは!!この社長、苦手!(笑)

まったく個人的な経験によるものだが、話が難しい社長は、必ずパナソニックのレッツノートを抱えていた。今となっては、パソコンをデスクに乗せながらの打合せは普通になったけれども、当時は「相手の話を聞いていると理解してもらうために、一生懸命ノートをとれ!パソコン広げて、目線を先方に向けないなんて、失礼千万!」という時代。日本人大丈夫か?と思ったものだ。

当時、先進的な社長は必ずレッツノートだった。少なくとも、今みたいに誰もがマックみたいな状態ではなかった。古くからの慣習にとらわれないタイプで、俺が時代を作るんだというタイプ。なので、レッツノート保有者=話が小難しい のだ。(笑)

高田社長はレッツノートを開きながら、経営する電子商取引のサイトについて熱心に説明してくれた。パソコン用の増設メモリーや、フラッシュメモリー類、その他PC雑貨を扱う通販サイトだった。九十九電機や上海問屋などに負けたくない事。どれだけ自社のサイトの顧客評価が高いか。ただ扱い商品量と納期、在庫のバランスが課題など、気が付けば、あっという間に一時間が経過してしまった。

「高田社長、有難う御座います。最後に高田社長のプロフィールを教えて頂きたいのですが。」

名古屋出身で、私と同い年。自分でようやく貯めたお金と、親からの援助で資本金を拠出し、東京のオフィスビルに城を構えて勝負している。腰が低く謙虚で、レッツノート(誉め言葉)。方や自分は、同期と毎週金曜日に歌舞伎町に繰り出すのが唯一の楽しみであるサラリーマン。強烈な劣等感を覚えた。

同い年と分かると急に距離が縮まるのが日本人の常で、お互いに冗談など言い合いながら初回の調査は終了。

「いい会社だった。この会社は伸びるだろう。」

新設企業なので、格付としての要素が強い日本の信用調査会社の評価は低くなりやすい。なので文章説明の中に、最大限ポジティブな要素を上げて、調査報告とした。

3000万円

半年も経たないうちに、再度「統合」に対して調査依頼があった。商業登記を確認すると、資本金が1000万から3000万円に増えている。あらら、VCでも入ったのかしら。そんなことを考えながら、高田社長のところに訪問。

もともと長身で細身だったが、明らかに瘦せている。というよりも、やつれている。

「高田社長、ちょっとお疲れですか?」

「いや、本当に忙しいんです。ほんと、忙しい。ようやく自分の金で、3000万円に増資しました。」

「えっ?そんな大金、自分で払い込んだんですか?」

そう、東京に城を構え、単身踏ん張る高田社長は本気なのだ。文字通り、不眠不休で働いているのだろう。努力に感動を覚え、涙が出てくる。

「今回は決算期もまたいでないですし、高田社長お忙しいでしょうから、こちらの方で調査報告書はまとめておきますね。」

「有難うございます!あ、そうそう。増資したタイミングで、税理士さんが決まって、その人のアドバイスでちょっと経営体制も変えます。また次回はお話できると思いますので。」

税理士か。。。面倒だな。

中小企業の経営者の中には、税理士を企業経営に際しての絶対的なコンサルタントと位置付けて接している人が多い。信用調査会社に決算書を開示しないという方針の会社も、税理士がそう指導している場合が多い。節税対策や諸々の調整があるのだろう。中国の決算書は粉飾が多いと日本企業の審査マンは笑うが、日本の中小企業だって「税理士」によっては、左右がバランスしなかったり、前期の翌年繰越と、今期の前期繰越が一致しなかったりするのだ。

入れ知恵

ほどなくして、3回目の調査が入る。おかしい。いくら成長軌道の会社とは言え、こんなに直近の情報を確認したいとして新規調査の依頼が頻発する事はあまりない。ただ今回は決算期がまたいだ為、決算書を貰う目的もあり、高田社長に会いに行った。

「中村さん久しぶり。彼、うちのCFO。」

ん?CFO?

日産のカルロスゴーンがきっかけだったと思うが、これまでの取締役会、その構成員である代表取締役、取締役といった日本の企業経営の構造が、CEOを中心とした体制に変わりだしたのが頃だった。別に一般的な会社には関係ない話だったのだが、流行りに乗りたい会社は、みんなそれを模倣しようとしていた時代。

「いや~、ほら前に話した税理士さんに言われてさ。僕の仕事を、周りの人間に分散すべきだって。お陰で少しは自由な時間ができました。」

CFOと名乗るその男は、「統合」の創業からの従業員ではなく、税理士の紹介で中途採用した人物。決算書をもらって、そのCFOに説明を求めるが、数字が全然分かっていない。

高田社長がしびれを切らし「それじゃぁ、CFOとしてなってないなー。」と、代わりに財務の説明を始める。

「ところで高田社長、他にCポジションって作られたんですか?」と尋ねると、チーフマーケティングやら、チーフ何とかやら、でるわでるわ。従業員10名の企業だぞ。

初年度の決算書は、増資による内部留保の増加は認められたものの、初期投資がかさんで赤字決算。そんな中、Cポジションの肥大化。

違う。高田社長の血と汗と涙の金は、数字も分からないようなCFO、税理士が勧めるような流行りにのった経営層の構築なんかに使うべきじゃない!!

何で?涙

倒産集計をしている同僚から信じられない電話。

「あぁ、中村君。仲良くしてた「統合」、破産したからね。一応教えておくよ。」

えっ?信じられなかった。高田社長のやつれた顔、名古屋のご両親の事、顧客評価が高かったオンラインサイト、お飾りのCFO、色々な事が頭の中を駆け巡った。嘘だ。

高田社長が、飲みに行こうよ!と言いながら教えてくれた携帯電話に掛けてみる。いつものあの口調で、「中村さーん、高田です!」と応答してくれることを信じて。

ガチャン、「こちらはNTTドコモです。おかけになった・・・」

「あ、中村です。大変でしたね。まずは美味しいもの食べて、ゆっくりしてくださいね。」

そう留守番電話に残し、頬をつたう涙を拭いた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です