info@nrating.jp
Kawasaki, Japan
044-440-7080

中小企業の経営ビジョン~俺のISO~

おごり若造と頑固職人

 葛飾区水元。

 都心から金町まで電車に揺られ、さらにバスで30分程度の移動。それだけで、半日以上の時間を取られる、魔の調査活動非効率区域だ。

 どんなに遠方であっても、人々が生活する街がある限り、建設業・不動産業というのは存在し、また行政による雇用対策の意図もあり、そうした官公庁案件により血が巡っている企業も数多ある。ご存じの通り、建設業許可を取得している企業であれば、完工履歴や決算書は都庁で閲覧できるし、工事という仕事そのものに会社ごとの大きな違いはない。現場で職人に煙草を吸わせないからクリーンだとか、社長の人脈づくりで仕事が取れているとか、差別化要素といったらその程度だ。そんな会社を数百件も調査していると、さすがにマンネリもいいところ。正直、とっとと片づけたいというのが、ゼネコン以外の建設業に関する調査だ。

 (余談だが、配管工事をやっているという「K.K. ワタナベ(仮)」という事業体に調査にいった事がある。K.K.=株式会社なのに、どんなに探しても商業登記がない。経営者に聞くと、資本金なんか払い込めないので、株式会社に見えるように屋号にK.K.を使っていると(笑) これがマンションのワンルームで、電気も付けず酒臭い部屋で、酔っぱらった経営者とのとんでも取材だったのだが、また機会があったら書こうと思う。)

 そうした折、水元にある唯美土木に調査依頼が入った。面倒な事に、調査に入ったことがなく、一から情報を集めなければいけない会社。現地にあるのかも分からないので、訪問取材は必須の被調査先である。

 「水野社長。信用調査会社の中村です。御社に関する信用照会があり、取材にお邪魔したくご連絡しました。」

 「あぁん?何の用だテメー!探偵か?お前のところの監督官庁はどこなんだ?あぁ?答えろ。経審でも見ればいいじゃねぇかよ。」

 ブツン。あってはならない事だが、何かのネジが飛んだ。「監督官庁なんてないです。オタク、うちの事知らないんですか?上場を含めた元請けのほとんどがうちのユーザーですよ?きちんとした対応せずに、損するのはオタクじゃないの?」

 言ってしまった。若造が生意気にも、会社の看板を使って強気に出てしまった。それだけ日々の業務に追われ、兎に角厄介な案件を掴まされたという強いプレッシャーによるものと弁明したい。

 「あぁ?じゃあこいよ!明日の朝、7時に来い。」

 「お前どこの都心にオフィス構えていると思ってんだ!水%&#$%#&7時、行ける訳ねぇだろ!!」若造のストレス、ピーク。もはや適応障害レベル。

 すったもんだの末、常識的な時間でアポを頂き、 水野社長と直接会える事となった。

調査開始

 調査員の朝は早い。4時には起きて身支度して、調査報告書を提出する為に7時には会社にいないといけない。8時に出社すると「お前も偉くなったもんだなぁ~と、俺らが若い頃には言われたもんだよ」と面倒な事を言う上司がいる。7時に調査報告書が提出できないと、一日のルーチンが崩れ、翌日に2日分の提出をしなければならない大変な状況になるのだが、水元のアポの為にそうせざるを得なかった。

 なので若造、道中から不機嫌。事務所に着くなり、「信用調査ですけどー」と大声で呼び出す。

 「おめぇかっ!2階に上がってこい!」 水野社長が呼んでいる。

 どんな社長が凄んでいたんだと顔を合わせると、「六本木の怖い人」とは正反対。小柄、色白ではあったが、ビーバップのまま大人になりました!といった感じの辰吉丈一郎に似た人物であった。

業界知識

 いざ取材が始まると、にこやかに話す、話す。こっちが聞かない事まで話出す始末。

 調査員研修の教官に「そういう社長がいたら、きりがないので帰ってきてしまう事。」と教えられたのを思い出し、席を立とうとした時、「お前、墨田の〇和建設知ってっか?」と聞いている。

 若造の「知ってますけど、なにか?」に火が付いてしまう。城東地区だけで、恐らく2000件程度の建設・土木業者があったと思うが、日本一の信用調査会社の私が所属していた部署がそれらすべてを管轄しており、 水野社長が知っている会社は自分が担当しているか、先輩が担当しているかなのだ。特に遠方は、社歴の浅い調査員が担当するので、必然的に私が数も多く担当していたという事になる。

 「〇川さんが逮捕されたとこですよね?」という私の回答を皮切りに、あそこはどうだ?あそこはこうだ、とやり取りが続き、3時間程の調査ですっかり打ち解けてしまった。

社長の歴史と想い

 「昔はそれが普通だったんだ。」CABINをもくもく、 水野社長が語りだす。

 いわく、葛飾、墨田、足立界隈の区役所に、公園の土木工事など、工事の公示がある度に、界隈の業者が一斉に集まっていた。俺だって「この工事は俺のー!誰も札入れんなよー!」なんて言って、みんなそんなもんで業者が決まっていった時代だったんだと。それが談合排除だ、入札資格だなんだかんだと騒がれるようになり、挙句、工事管理の健全性基準という観点からなんか横文字の資格まで出てきた。

 「ISO認証ですかね?」(当時、ガバナンスという横文字が入り込み、猫も杓子もISOと言っていれば正義だった)

 「そう、それそれ!」水野社長が続ける。「けどそんなん持ってたって、工事請け負ってくれる職人や、材料屋とかに迷惑掛けてたら、何の意味もねぇじゃんかなぁ?」

 「「取引先には絶対に迷惑を掛けない。それが俺のISOだ。」おっ、決まったろ?(笑)」

 多分、水野社長はISOが何の略かも知らない。けど、彼の心の根底にあるものが、彼の商売における絶対値としてのスタンダードになっている。それが「取引先に迷惑を掛けない」という、シンプルながら神々しささえ感じられるものとして彼の口から発せられた時、この社長なら大丈夫だという安心感と、仕事の忙しさを言い訳にイライラに支配されていた自分は恥ずかしい人間であるという思いが同時に込み上げてきた。

 辰吉丈一郎似の水野社長に完膚なきまで心を叩きのめされ、そろそろお暇をと思った時、

 「あそこに唯美って書いた幕張ってあるだろ?俺の娘。娘の名前から、この会社の名前決めたんだ。娘の名前使って、よそ様には迷惑掛けらんねぇよ。」

涙腺崩壊。金町からオフィスまでの帰り道は、自分の仕事への姿勢と性格の幼稚さを見直す、人生で最も充実した内省の時間となった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です