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決済詐欺~裏書譲渡手形~

至急命令

 江戸川区平井。平井駅通りをまっすぐ進み、商店街のにぎわいが途切れる辺りに、被調査先の住所はあった。今回の依頼者は、その切羽詰まった状況を「指定事項」として指示してきていた。冒頭の平井の住所にあるはずの、田村工務店(仮)。そこが振り出した手形が、裏書譲渡手形として依頼者(被譲渡人から推察)である斎藤不動産に回ってきた由だ。その額、何と6億円。

 信用調査の割当票には、手形のカラーコピーが添えられており、多くのゼロが並ぶその紙にわなわなと指が震える。一般人の人生において、複製とは言えども、6億円の価値がある証券を手にすることは、滅多にないのではないか。

 ことは重大で、この裏書譲渡をしてきた依頼者斎藤不動産の販売先である加藤工務店(葛飾区四つ木)は連絡難。振出人である田村工務店とは面識はなく、NTTに電話番号の照会を掛けても、番号すら掌握できない状況との事だった。決済日が迫る中、本当に現金化できるのか心配されての依頼である。当然だ。6億がパーになれば、斎藤不動産も早晩、資金繰りに窮してしまうだろう。

手形を眺める

 添付されてきた手形を見直すと、必要な要件は一通り明示されている。振出地は平井、振出人は田村工務店。支払期日は一週間後。支払場所はXX信金だ。受取人は加藤工務店で、被裏書人は斎藤不動産。一見、何ら不自然なところはないように思われたが、「はて、XX信金の上野支店の場所は・・・。ない!上野支店がない!!」

 手形の内容を間違えるなんて、凡ミスの極みであるが、残念ながら皆無ではない。一例として、私の同僚が調査した先の社長は不渡手形を2回出していたが、何と金額を鉛筆で書いたのだそうだ。結局、受取人だか被裏書人に金額を上書きされ、不渡りに至ったとの事。(多分、実質倒産からの責任逃れであるが)

調査開始

 まずは何よりも田村工務店である。さっそく商業登記を手配すると、振出地を登記面本店として、田村姓の役員が数名と典型的な「家族でやってます」会社だ。業歴もそこそこあり、地元の工務店としての体裁が整っているが、NTTに照会しても電話番号がなく、建設業許可も取得されていない。早速現地に向かうと、エレベーターもない古い5,6階建てのマンションがあり、階段脇に郵便受けがあった。「田村工務店(株)」。マンション3階の郵便受けに、確かに当社の名前が確認できた。倒産している会社であれば、郵便や新聞が溢れているはずだが、チラシ一枚入っておらず、定期的に受け取られているように見受けられた。

 3階に上がると、「田村工務店」の表札は確認できなかった。ただこの古いマンションは、ワンフロアに一戸の設計であったので、同フロアのスチールの玄関を叩く。「コォーン、コォーン」応答なしだ。電気メーターの回転を見ると、僅かに回転しているだけで、つながれた電気機器の待機電力であることを伺わせる。

 「留守だな。名刺とメモを置いていこう。」 留守であれば、いる時に捕まえて話が聞ければいい。

 XX信金にも一応照会するが、知らぬ存ぜぬでなんら情報は得られない。

 次に加藤工務店。商業登記は普通にあがり、これまた加藤姓が役員を占める「ざ・家族経営」。建設業許可はやはり取得されておらず、四つ木の込み入った住宅街に向かう。すでに連絡難との事だったので、もぬけの殻の事務所があるかと思いきや、ただの住宅。鈴木とは別の姓の方の住宅で、呼び鈴を鳴らすも応答は得られなかった。

 最悪の展開

 この時点で、手掛かりは田村工務店だけになってしまったのだが、これがいけなかった。大至急での調査依頼は、翌々営業日には調査報告をしなければいけない。ところが、翌日になっても 田村工務店から折り返しの連絡はなく、暗礁に乗り上げてしまった。

 「これでは6億焦げ付いてしまう!」

 商業登記をもう一度見直し、役員名で社内データベースをくまなく検索する。灯台下暗しとはこの事で、代表田村雄介は平井にもう一社別の企業を持っている事が判明した。最後の手掛かりと、NTTへの照会や、インターネット検索などを駆使し、その会社の電話番号が特定できた。(すみません。社名まったく覚えてないので、田村興産としておきます)

 「はい、田村ですー。」年配の女性の声で応答が得られた。

 「信用調査会社の中村と言います。 田村社長いらっしゃいますか。」

 「今、留守なんですよー。」なんともか細い声。

 「田村工務店の件で大変な事になっておりまして、すぐにでもお話したいのですが。今、平井のご自宅ですか?」

 「ごめんなさいね。何か息子がご迷惑おかけしてるみたいで、色々なところからお電話いただいているのですが、私分からないんです。失礼しま、」ブツッ。

  電話は切られてしまった。その後、何度か呼び出したものの、もう電話に応答してもらえる事はなく、本件は顛末のみを報告するしかない最悪の結論に至ってしまった。自分の中では、田村が一枚噛んだ詐欺事件だと思っている。

 できる事なら田村雄介と直接話し、「斎藤不動産のやつだけはちゃんと払います。」と言わせたかった。その後、斎藤不動産の行く末は知らない。もしかすると、依頼者は実は割引業者で、斎藤不動産はまったく痛みを被っていないかも知れない。いずれにせよ、調査員をやっていて、依頼者に何らメリットを提供できなかった、至極苦い経験である。

 余談

 その後、同じ会社でも、会社が変ってからも、企業信用調査の経験が浅い方々に指導する機会が何度かあった。若い方で、中小企業診断士を保有しているような優秀なメンバーは、「裏書譲渡とは、債権の流動化が云々かんぬんで資金繰りに非常に有利に働き・・・」などと言うが、その度にお読みいただいた上の話を共有するようにしている。

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