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ペーパーカンパニー~異様なポスト~

豆と鳩と神社

 江東区亀戸。駅からまっすぐ伸びる商店街を進み、明治通りと蔵前橋通りが交わると、角の豆屋に鳩がひっきりなしに急降下爆撃を試みている。そこから少し左手に進むと、ショッピングモールでよく目にする大手ペットショップの本社がある。同社も幸いな事に私が担当としてお世話になり、銀行出身の社長が直接面談に応じてくれていた。当時の私はまだ若く、大酒は飲むは煙草は吸うわだった訳で、アポの前には近くの小路で一服。その大手ペットショップの社長に「煙草くさい!」と怒られてから、お客様に訪問する前には煙草を吸わないと決めた思い出がある。

 当時はまだファブリーズみたいのもようやく出始めたところで、ソニープラザなんかに直輸入のやつが売られていた。携帯用の小さいボトルで500円もしたが、何本か買って持ち歩いていた。けど、直輸入のやつは柔軟剤的な香りが強すぎて、たばこ臭とは別の人を不快にさせる臭いを放ち、あっちが立てばこっちが立たずだ。

 亀戸には幾度も訪問した。訪問先で規模が比較的大きいのは、このペットショップと中堅ゼネコンくらいで、あとは地元の不動産屋や工務店など小さい規模の会社が中心。この中堅ゼネコンも、色々とよからぬ噂がたった事もあったけど、私の故郷にある大学の図書館を手掛た会社と知り、それ以降ずっと陰ながら応援している会社。前のブログで触れた秋田屋なんかも絡むのだが、私の亀戸に対するイメージをつかさどる大事な一社だ。

商業ビル

 そんな亀戸であるが、駅の反対側にも商店街が続き、ドン・キホーテも進出している。昔はその界隈に、郊外にあるアウトレットモールのようなショッピングセンターがあったのだが、調べてみたらもう閉鎖したらしい。今回の主役は、そこから少し国道沿いを歩いたところにある商業ビル。何の変哲もないこのビルに、若い調査員は何度も訪問する事となる。

調査開始

 お世辞にも都心とは言えない亀戸にあるその商業ビルには、500には収まらない数の会社が存在している。今となって思えば「あ、そういう事か」なのだが、何も知らずに初めて調査した際には愕然としたものである。

 朝出社して割り当てられた調査先を確認すると、亀戸にある「有限会社中村不動産一号(仮)」。2社目の割り当ては「有限会社中村不動産四号(仮)」。

 「なんだこれ?パーマンじゃあるまいしよ。」

 社名からは怪しさプンプンなのだが、商業登記はきちんと手元に報告されてきており、会社としての法的実体は存在する事になる。設立は二社とも新しく、不動産管理業。同じ亀戸の住所。代表者も同じで、資本金が各々数十億。

 「キャー!規模大きいし、良い商談につながるかも!」などとワクワクしながら調査を開始するも、商業登記上の代表自宅を含めて、電話番号の登録などは一切なし。結局現地に訪問するしかなすすべがなく、帰りにペットショップに顔出そうかな?などと思いながら亀戸の現地へ。

 ガラス戸を押し開けると、左手側にスチール製の集合郵便受け。「さて、パーマンは何階かなぁ?」と表札に目を向けると、あるわあるわ!!!

 「(有)モルガン・スタンガン一号、バークレイパンク8号(有)、(有)中村不動産一号、 (有) 斎藤不動産投資5号、特定目的会社有明開発三号、八号・・・・・・・。」

 そう、この集合郵便受けの一つ一つに、びっしりと細かい字で企業名が列挙されている。ちなみに、テプラ(笑)。郵便受けの該当階に訪問してみるも、オフィスらしきものはなく、真っ暗だった。唖然としながら郵便受けの前に戻り、書けるだけ社名をメモ帳に転記する。「この怪しい企業群め!成敗してくれる!」と手掛かりになる事を信じて粛々とメモ。

不動産証券化というビジネス

 現地では多数の社名以外の情報は掴めず、ビルの管理会社も特定できなかった為、調査は手詰まり状態に。

 「先輩、亀戸のビルなんですけど、数百の会社があって。」

 「あぁ、あのSPCのとこね。」ここで人生で初めてSPCという単語を耳にすることとなる。

 さすがは先輩。困ったときにはいつも色々と教えて頂いた。

 とどのつまり、今回の私にとっての怪しい企業群は、いずれも不動産売買業、不動産管理業、不動産賃貸業に関わる「不動産証券化」に紐づいたものであり、特定目的会社などと含めSPCとして括られるペーパーカンパニーであった。当時は有限会社も多く使われていたのだが、最近はもっぱら特定目的会社が使われるらしい。

 不動産開発や、投資ファンド等に従事する企業が、商業ビル、マンションの建設を行う際、自社のバランスシートに固定資産が加わると、何かと不便。そこで、プロジェクトそのものを別会社にしてしまうという観点で、新設会社として作られるのがこれらSPCである。(「ビークル」なんて横文字でいう投資会社の偉い人もいたな。。。)なので、資本金や資産は巨大なれど、「ただ不動産持っているだけっす。」という会社で、実際の営業活動は行っていない。

 その後何度かこの亀戸のSPCに調査依頼が入ったが、SPCによっては、丁寧に官報公告に関係している不動産開発プロジェクトが公示されていたり、上場企業の有価証券報告書の中に、「XXXXの不動産を所有させるSPC」として名前が出て来たりするものもあった。こうした場合は依頼者にも納得できる形で調査報告できるが、大方は素性が全く分からない会社(箱)なので、依頼者(恐らくは建設を請け負うゼネコン)もさぞかし不安であった事だろうと察する。

 ちなみに、なぜその亀戸の商業ビルにこれ程多くのSPCが集中したのかは分からない。恐らく、訝しく思うビルオーナーが多い中でも、そうしたテナントに寛容な方がオーナーだったのだろう。

タックスヘイブン

 国内企業の信用調査業務を離れた後、私は主に海外企業の信用調査を通じて、お客様のお手伝いをする職に就いてきた。その中で「困った」という相談を貰う事が多い事案が、タックスヘイブンが絡む案件である。ケイマン諸島や英領バージン諸島には、この亀戸と似たような形で、登記だけを置いている会社が存在している。それらの会社は、登記している国における税制面のメリットを享受する訳だが、実質的にはイギリスやアメリカに事業拠点を置き、日本企業との商談にやってくる。いざ契約書の締結となると、急にケイマンやらBVIやらという事で、依頼者もさぞ驚いた事だろう。(中には、セーシェル諸島のペーパーカンパニーが怪しくてしょうがないので、現地の写真を撮ってきていくれという依頼も受けた)

 NHKが、このタックスヘイブンについて特集した事があり、夏休みにはぜひ行ってみたい極楽のようなビーチ。そのビーチ沿いにあるぼろ屋敷に、世界中の企業が万単位で集積していると。NHKが映したそのオフィスのエントランスはモザイクが掛かっていたが、私には、亀戸のスチール製郵便受けと同じものがそこにあるのだと、手に取るように想像できた。

変わりゆく東京

 話を戻すが、私が亀戸に訪問していた当時は、世間の金回りが少しおかしかった。語彙力がなく恐縮であるが、伝統的な産業に加えてドットコムと総称されるIT企業が流行りだし、その後金融工学やら証券化やらといったビジネスが横行し始めていた。20年前から様変わりした今の東京の街並みをみると、こうした不動産証券化により、天文学的な金が投資され、巨万の富を生み、結果として我々の生活に直結する商業ビルやマンションが作り上げられてきたことがよくわかる。もちろん、不動産プロジェクトが証券化される前には、底地を作る地上げ屋がいて、設計屋がいてという前提があり、地上げ屋の世界もそれはそれで面白いのだが、そのお話はまた別の機会に。

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