歴史的進歩
とうとう重い腰が上がったか。9月17日の官報公告に、法務大臣上川陽子氏の名前で「商業登記所における実質的支配者情報一覧の保管等に関する規則」(以下規則)が公示された。FATFによる第四次対日相互審査の結果が公表され、通常フォローアップ国入りを逃した日本においては、AML/KYCスキームの更なる強化が想定されるところであり、この公告がその口火である事は間違いない。2021年1月31日から施行されるもので、企業情報の透明性改善に大きく寄与するものと期待される。
企業公開情報の実情
企業情報の公開に関して、日本は他国との比較で以前から見劣りしており、国税庁による法人マイナンバーの公開によって、ようやく一般市民でも対象企業の法的実体有無程度は、インターネット上で検索、確認できるようになった。しかし世界には、商号、住所はもちろんの事、資本金、株主、役員名、事業目的、場合によっては行政執行や裁判の記録までがオンライン上で(タダで)閲覧できる国もある。特に、日本の商業登記は株主情報が記載されておらず、有償で商業登記を取得しても、その資本金が誰によって拠出されたものであるのかを知る手段は、信用調査会社が販売する企業データで確認するしかなかった。しかし、そうした信用調査会社は民間企業であり、正しい株主情報が報告されている事を担保する術はなく、仮に「中村格付研究所は、100%田中角栄の出資です。」と公表されれば、その通りデータに引用されている。この類の情報の裏付け調査は、法曹や探偵を動かしたりと、それなりに費用が掛かるものとなる。無論、上場会社については、EDINET等から詳細な情報を確認する事ができるが、大株主の情報では文字通り議決権保有率の大きいもののみが公開されており、反社会的勢力が0.1%の議決権を持っていたら、お題目である投資家保護が達成できないのではないかと勘繰るのは、天邪鬼な私の悪い癖か。
官報の内容
さて今回の規則では、企業法人登記を行っている事業体について、商号、本店住所、法人マイナンバーに加えて、過去一月以内の実施的支配者情報のファイリングを行うことが定められている。具体的には、その自然人に関する氏名、住所、国籍、生年月日があげられており、もしその自然人が議決権を持つ会社が実質的支配者になりうる場合は、その旨が記載されるそうだ。香港などではすでに当たり前に行われているが、香港に所在する「当該企業」に金を入れているのはどの人間で、またその人間が株を持っている会社はどこなのか(当該企業にしてみれば兄弟会社)。そうした資本構造の解析が可能になる大きな前進である。
課題提起
この制度自体は大賛成で、金融機関のAML/KYCを円滑化したり、BtoB取引の与信判断を容易にしたり、商取引に対して良い影響を与えるものと期待している。他方、2点程懸念点があり、実際の運用が始まった際、取り越し苦労であったと振り返る事ができるのを願いながら記す。なお、私は弁護士ではないので、専門用語の解釈に疎い点があり、官報公告が理解しきれていない為の誤った指摘である可能性があり、その点はご理解頂きたい。
1.情報ファイリングと閲覧の当事者
今回の官報公告を見ていると、商業登記事項の閲覧とは異なり、第三者が対象企業の実質的支配者情報を閲覧する事が想定されていないように見受けられる。また、その情報のファイリングについても任意のような印象があり、商業登記に必ず付帯する情報という位置づけになっていないように思われる。
まずファイリングについては、「本店所在地の登記所に対して、「実質的支配者情報一覧」の保管、写しの交付を申出る事ができる。」とあり、できるのは分かったけどうちはやんねーよ、という会社が存在し得るように映る。
次に閲覧の場合、利用目的に加えて「商号、住所、法人マイナンバー、代表者、連絡先」を商業登記所に提供することあり(ここまでは通常の閲覧申請程度かなぁ)、さらに以下を添付するとして「実質的支配者情報一覧、株主名写し、公証人の証明書、事象年度確定申告書などなど」とある。
すなわちこれは、他社の情報を閲覧する前提ではなく、自社の情報をファイリングする事のみが規定されているのだろうか?自社の情報を閲覧したければ、自社の情報をファイリングせよという条項に読め、クエスチョンマークがともる。
恐らく、銀行等が送金・融資等の取引を希望する会社に対し、実施的支配者の証明書を出せという指示をした際、その会社が商業登記同等の公示性を持つ書類として、商業登記所発行による自社の実質的支配者情報を出すことができるというのが目的なのであろう。
とすると、与信判断等で広く実質的支配者情報が利用する事が出来ない可能性があり、もしそうならばぜひ改善が提言されるポイントである。
2.実質的支配者の定義
実施的支配者の定義は、平成20年内閣部・総務省・法務省・財務省・厚生労働省・農林水産省・経済産業省・国土交通省令第一号 犯罪による収益の移転防止に関する法律施行規則の第11条3項2号に云々とあるが、要約すると25%以上の議決権を持つ法人または個人という事になる。
確かに他国においても、25%以上の議決権=UBOの対象という定義があり、UBO勉強会などでは必ず説明を受ける定義だ。
しかし、実際のAML/KYCの運用に際し、例えば送金先企業の10%の議決権をテロ組織が保有し、それを見抜けずに銀行が送金処理を行った場合、かなりの確率でその銀行はお咎めを受ける。なので、「コンプライアンスチェック」というようなソリューションを提供するデータベースの多くは、0.1%でも資本が入っている事の証左がある場合、要確認情報として銀行などのユーザーに注意喚起する仕組みになっている。実は日本の上場会社の多くはこれに当てはまり、「政府出資企業」に分類されている。おやおやとアラートの中身を確認すると、ノルウェー政府0.1%出資という類の結果がたびたび表示される。
定義の基準は本当に25%以上で良いのだろうか?今後の運用で見直される公算が高いと考えられる。
終わりに
今回の規則では、実施的支配者情報が広く一般に公開されるのか否か、判断がつかない部分がある。ただ他国の公開状況や、その情報がもたらす利用者のメリットを考えた場合、公開されて然るべきであるし、逆にそうしない合理的理由が見当たらない。
これまで、ベールに包まれてきた国内企業のファミリーツリー構造は、今回の規則を契機にオープンになっていく。信用調査会社の多くは、「親会社の親会社が知りたい」という依頼者のニーズに対し、取材活動を通じてこれに応え、相当の対価を徴収してきた。逆にこれが可能なのは、そうした情報を足を使って得ることができる会社に限られてきた。ファミリーツリーのデータに誰でもアクセスができるようになれば、参入障壁がうんと下がり、ビッグデータ解析型のソリューションが生まれてくるものと期待される。
例えば、この会社の傘下にあれば安心、逆にこの会社の傘下はブラックといった定性情報が、これまでは誰かに聞かなければ分からなかったけれど、グループ企業全体に対する統計分析をかませることにより、データに裏付けられた形で評価できるようになる。
さて、誰が最初にこれを成し遂げるか。向こう2,3年の信用調査会社の動きに要注目だ。