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銀行出身者との衝突~粉飾決算~

青森訛りの社長

 台東区元浅草。青森訛りが残り、同じ東北出身の自分にとっては、心地の良いトーンで話す月田社長(仮)と初めて会ったのは、管理職に昇進する先輩から会員企業の放出によって引き継ぎを受けた時だった。

 「中村君、月田社長は売上10億超えたら、うちとの取引をもっと増やすと言ってくれてるし、大事にしてね。」と紹介を受けてお会いした月田社長は、ゼネコン的な建設業者の社長がビシッと背広に身を包んでいる事が多いのとは対照的に、作業着姿が眩しい職人肌の社長であった。

 「うちの基礎工法は特許も取ってるし、設計事務所に営業すればまず高く評価してもらえるんだよね。」と月田社長。7,8億の10億まで今少しというところで毎期決算期が締まり、売上の高止まりが否めない様子であった。

 「いや~、今期は10億行くと思ったのに、民主党政権がコンクリートから人へなんていうから・・・。」

 「いや~、今期は10億行くと思ったのに、リーマンショックで云々・・・。」

 毎期なぜか売上拡大の決定打に欠き、外部環境の影響も相まっての横ばい感。何とかお手伝いしたいと、業績が好調な設計事務所の企業リストアップなども提案した事があったが、残念ながら月田社長には買ってもらえなかった。

信用不安発生

 そんな横ばい、よく言えば安定軌道にあった月田技研に対し、「倒産するのでは?」という信用不安情報が添えられて、調査依頼が舞い込んで来た。まさかまさかと気にも留めず、いつも通り月田社長に電話でアポのお願いを入れる。ところが、何度掛けても捕まらない。本当に倒産間際で連絡難に陥っているのではないかと、凄く嫌な予感がした。

 信用不安が生じている場合、それの真偽を確認の上、迅速に報告する必要があるのは承知の通りで、迫る調査報告期限に背中を押され、稲荷町の駅に急ぐ。どんな背景でそうなったのかは記憶にないのだが、辺りも真っ暗な冬の寒い日、既にオフィスには誰もいなかった。

 「しまった!飛んでしまった!」

 あんなに安定していたのになぜ?青森、秋田で話が盛り上がっていたのに、関係構築ができたと思っていたのはこっちだけか?などと、色々な思いを巡らせながら、ビルエントランスのポストで途方に暮れていると、ガシャンとビル通用口の重い扉が開いた。月田社長だ。

 「月田社長、すみません!なんか、急ぎでの調査依頼があり、何度かお電話もしていたんですけど・・・。」とアポなしの訪問を詫びる。

 「ごめぇん、ごめぇん、現場さ入ったった!」

 いつもの作業着姿でヘルメットを小脇に抱え、確かに現場帰りの様子で、お疲れだろうにまずい時間に訪問したなぁと申し訳なく思う。

 「あがっていって。」とオフィスに促され、もうみんな帰宅した(ように見える)事務所脇の応接ブースで月田社長と話す。

 「これ、またもってって。」と月田社長。そうだ、確かに前回の調査から次の決算期をまたいでいた。そこには、前期、前々期、そのまた前同様に、横ばい程度の売上高と、税金が大幅に掛かりすぎない程度の利益。単調だ。

 「有難うございます!助かります。今度はアポ取ってから来ます!」

 元気な月田社長の姿を確認できてすっかり安心した私は、「信用常態。不安動向確認できず。」として調査報告を終えた。つもりが。。。。

何調査しているの?

 当時、会社支給の携帯電話はなく、外出中には自分個人の携帯電話に会社から業務連絡が入っていた。月田社長に会った翌日、別の調査先に移動している最中、着信に応答すると審査部からきつい言葉を浴びせられた。

 「中村君?あんた月田技研の何を調べてきたの?こんな変な決算書、評点下げておくからね!」

 審査部は、調査員が作成したレポートの文字通り審査を行う部署で、登記情報の転記ミスの有無や、評点の妥当性の検証など、調査員にとってはあまりお世話になりたくない部署。所属メンバーはベテランの調査員経験者や、一般企業で企業審査業務に携わってきた中途採用者などで構成されていた。特に、月田技研の調査報告書にフィードバックを上げて来た担当者は、メガバンクの審査部OBで、品質に対する要求がとても高い担当者であった。(以下メガマン)

 評点を下げておく。その一言に、ヘルメットを抱えて帰ってきた月田社長の姿や、青森訛りの口調、設計事務所に一生懸命に営業をしている姿などが脳内を巡り、「月田技研を守らなければ」と省みると的外れな正義感が沸いてしまった。

 帰社後、すぐにメガマンのところに向かう。

 「あなた、私が判断した評点を下げるとは何事だ!月田社長にもあってないあんたに、月田技研の何が分かるんだ!」とすごんだ。

 が、メガマンも負けじと「こんな毎期横ばいで、似たような売上と利益の作文を作って、こんなんに騙されてるんじゃないぞ、中村君!ましてや、信用不安情報まで出ているのに、経営状況が常態とは何の冗談だ?調査がまったくなっとらんじゃないか!!」

 げっ、確かに横ばいが続いているのは不自然なんだよなーと思いながらも、上げた太刀は下せず、

 「あんた、そんな一日中デスクに座って人の粗探しばっかりして、月田社長がどれだけ血の出るような努力をして、何とかやっと横ばいの業績維持ができるまでに会社を保っていると思ってるんだ?外部環境は悪化しているのに、横ばいが確保できただけでも万々歳じゃないか!」と言い返す。

 メガマン「勝手にしろ。最近の若い奴には向学心がない。痛い目に会え!」

粉飾判明

 メガマンに対する怒りは収まらなかったが、そんな折、別の拠点の調査員から電話連絡が入る。

 「中村さん、月田技研担当していますよね?あそこの専務からの情報ですが、粉飾決算で、本当は巨額の赤字。倒産寸前らしいですよ。」

  えっ?と頭が真っ白になる。今考えるとよくない事ではあるが、月田社長に確認するほか、当時は術が思いつかなかった。

 「月田社長、当社にあくまで噂なんですが、御社が実は赤字企業で、毎期粉飾を行っているという情報が寄せられているんですが。」

 「えっ、中村さんどっからそんな話聞いたの?そんなことないよー。」と月田社長。「ですよねーーー」とわざと明るく振る舞い、電話を切った。

 情報をくれた担当者に、粉飾はあり得ないと伝え、信用不安情報といいなんだか忙しい会社だなーと呑気に一服していた。するとその拠点の担当者から電話があり、何で月田社長にそんな情報を伝えたんだとこっぴどく怒られてしまった。

 私が月田社長に電話を入れた後、月田技研の内部で、経営陣しか知らないはずの決算粉飾が信用調査会社に情報が洩れていたとして、大変な犯人捜しの騒ぎになったらしく、情報をくれた専務と営業所の担当者には申し訳ないことをした。

お詫び

 「すみません。私の未熟さのせいで、粉飾決算を見抜くことができませんでした。」

 上げた太刀を下すには、本当に勇気が必要であった。自分の非を認める事により、プライドが傷つき、メガマンが喜び、マウントを取られとそんなことばかり考えていたが、月田技研の粉飾が事実であった以上、それを指摘していたメガマンが100%正しい。

 「中村君。僕は君があまりにも頑固で、この間の態度だともう難しいと思ってた。けど、こうやって素直に自分の非を認める事もできて、まだまだ君は伸びる。これからも頑張って!!」涙腺崩壊。メガマンはマウントを取るどころか、私の失敗を責めず、むしろ励まして送り出してくれた。

月田技研倒産

 ほどなくして、月田技研は倒産。ホームページは倒産後しばらく残っていたが、今日アクセスしようとしてみたものの、もう閉鎖されてしまったようだ。

 月田社長のその後は一切分からず心配であるが、こんな晩秋の暗い日には今でもヘルメットを抱えた月田社長を思い出す。

 「ごめぇん、ごめぇん。あがってって。」またどこかで月田社長にそう言ってもらえそうな気がする。

 

 

 

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