お付き合い
企業調査の仕事はとても遣り甲斐があり、今に至るまでの人生においても様々な局面でその経験が役立ってきた。他方、営業職としてのノルマも厳しく、実需があまりない商品を、関係づくりによるお付き合として購入してもらう必要があった。周りから評価されたい気持ちがピーク状態の若い日の私は、机におでこを擦り付けながら「買って欲しい」とお願いして回ったが、問屋はなかなかそうは卸さないのだ。
ところが、港区新橋のあの会社は違った。福岡出身の国久社長は、実の父も企業を経営するいわゆるおぼっちゃま。その風貌は、金色に染めた髪に、黒いジーンズと黒いシャツ。クロムハーツよろしく、いかついシルバーのアクセサリーをじゃらじゃら言わせているようなタイプだった。
初めまして
「国久社長、初めまして。信用調査会社の中村です。」
国久社長に初めてあったのは、お世辞にも綺麗とは言えない雑居ビルにある同社のオフィス。設立2,3年目であったと思うが、今までに調査依頼が入ったことはなく、一から取材を行って報告する必要がある会社だった。オフィスの状況や、業歴の短さから、良くても2億円内外の売上高と算段していたが、OA機器のリースを展開していると話す国久社長の口から出た数字は、驚愕だった。
「国久社長、売上はいくら程ですか?」
「前期は50億。」
嘘や。絶対嘘や。この時点で、身なりの胡散臭さと、オフィスの怪しさに合点がいく。
「ほー。50億ですか!すごいですねー(棒読み)」「ちなみに、今期はどのくらいの売上見込みなのでしょうか。」
「今期は125億かな。」こいつ、バカだろ(笑)。平静を保ちながら、決算書のコピーを貰えるように伝えると、案の定出したくないという。こんないい加減な数字を、言われたまま依頼者に報告する訳にはいかない。粘り強く頼むと、「じゃあ、見るだけね。」といって決算書を出してきてくれた。
「どれどれー、ホントは2億かな?」そこに出ていた売上高は、何と50億!
その決算書が本物であるという裏付けはなかったが、目に見える判断材料の中ではそれを正として報告せざるを得ない。依頼者には、主観操作できる点数を極力低めに調整して報告したのを覚えている。
買うよ
1時間程度の取材が終わると、お互いに緊張の糸を解いて、煙草を吸いながら雑談なんていう事も多々ある。昔は会議室で煙草を吸う社長が本当に多かった。
国久社長の方から「調査会社さんって、営業ノルマ大変なんでしょ?なんか買うよ。」
今思えば恥ずかしい限りだが、この時点で私は有頂天。30万円程度の成約を貰い、意気揚々と上司の基に成約報告をしに向かった。
それ以降も、会社でXXキャンペーンなどが展開され、今日中に何かを販売してこいという指示を受けた際は、国久社長に電話した。「請求書送っておいて。」それだけ。それだけであれだけ厳しかったノルマに追われる状況から、一時的であれ脱せられるのだ。
本当にありがたいと思った。これが先輩がいう社長との関係づくりかぁ!と思った。
転換
風向きが変わったのは、国久社長社長から以下のような電話を受けてからだ。
「中村さん、XXXっていう会社に営業に言って欲しいんだけど。オタクにデータがなくて、銀行から金引っ張れなくて困っているんだって。」
ん、こりゃやばい。健全じゃない筋の興信に使われると悟った。
渋谷区東。今でこそストリームだかスムースだか巨大ビルがそびえるが、15、6年弱前は国道沿いに70年代に建てられたであろう古めかしいオフィスビルが林立していた。国久社長が指示してきた会社は、そんなオフィスビルのワンフロアに事務所を構え、30歳前後の若い経営者が二人出てきた。
「国久社長社長のご紹介で参りました。御社のデータを作らせて頂きたいと思います。」すでに相手の意図を見抜いていた事もあり、フランクになり過ぎて飲み込まれないよう、適度な緊張感の中で取材を進めた。
「御社は何をされている会社ですか?」「事務用コピー機のリースです。」でた。新橋の国久社長と同じだ。
取材後、向こうから切り出してきた。「XXXという黒い本を買いたいんだけど。オタクの点数上がるんでしょ?」
「黒い本は売りますけど、点数は一切上がりません。」
「またまたー、厳し事いってー。」などというやり取りを行い、取り合えず成約は計上。少し脂汗をかきながらも 「中村君、よくやったね!」という上司の声により、後ろめたさは拭い去られていた。
やばいな
港区新橋の国久社長の会社に調査依頼が入ったのは、それからほどなくしてであった。さて、125億はどうなったかなぁなどと考えながらオフィスフロアに到着。エレベーターのドアが開いた瞬間、言葉を失った。
それはオフィスのエントランスにあるまじき光景で、壁は全面オレンジ。床には白砂利が敷き詰められ、受付までは飛び石と、左手側には池と鹿威しが配してあった。「なんだこれ!?だっさ!!」
良くビルのオーナーが許したなぁなどと思いつつ、国久社長と対面。なぜか言葉数は少なく、奇抜なエントランスのデザインについて突っ込むも、とにかく話に乗ってこない。125億についても明確な回答がもらえず、来期は200億だとかいう話を聞いて、オフィスを後にした。
帰社した後、ビルのオーナーに取材。「勝手にあんな工事をして、かつ家賃もろくに払ってこない!」と怒り心頭だ。
いよいよやばいな。そう感じた私は、数値情報を調査報告書から削除し、評価不能として依頼者に報告した。もちろん、高リスク先である事を匂わすことができるように。
黒いうねり
結果として、国久社長は逮捕された。もともと、九州では父親ともどもやりての詐欺師だったようで、目立ちすぎた父親の名前を隠す目的から、国久社長が東京で前面に出ていたようだ。渋谷区東の会社を含め、複数の企業をグループとしてまとめた多重リース詐欺であり、信用調査の依頼は恐らく怪しんだリース会社からのものだったのだろう。
その後、国久社長はまったく表に出てこない。インターネットで検索しても、情報はゼロだ。またどこかで若い調査員を誑かし、人参をぶら下げて悪さをしてなければ良いのだが。
子供の頃、母親に言われていた気がする「怪しい人と関わってはいけません。」
それを蔑ろにした事により、犯罪の一助にすらなりかけた苦い経験だ。
パクリ屋みたいな業態って今でもあるんですかね。
私も昔、パクリ屋の調査をしたことありますが、現地に行ったら、会社の看板が、扉に雑に貼られたA4サイズのコピー用紙だったのには唖然としました。
直ぐに逃げるんだろうが、もう少し取り繕ろえばよいのにと笑)
M様
コメント頂き、有難うございます。
M様も調査のご担当をされていたとの事で、看板がコピー用紙とはさぞびっくりされた事と思います。
私、現在でも別の信用調査会社に所属しておりますが、毎月信用不安情報が挙がってまります。その中にやはりパクリ屋というカテゴリーはありまして、パクリ屋自体がもはや伝統産業にあたるのかも知れません(笑)