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対中国企業与信管理の失敗

越前商人の雄

 福井県福井市。

 海外企業の信用調査報告書を販売する英国系調査会社に勤務した頃には、日本全国新規顧客の開拓に回った。新幹線もまだ開通していない当時、北陸地方はまだ行った事がなかった土地で、観光意欲の高まりもあってアポイントメントをたくさん頂いた。秋田県の田舎出身のくせに、北陸三県を神奈川、東京、千葉くらいにとらえ、福井から富山、富山から金沢、そこから氷見、射水、高岡などというめちゃくちゃなアポどりとなり、電車の都合で商談を20分に抑えるなど、本末転倒のバタバタ出張は、いつも本当に楽しかった。

 福井のその会社に訪問したのは、大雪が降る寒い冬。フェニックス通りをまっすぐ進み、大手とかいう交差点を曲がって橋を渡る。まっすぐ進んだ先にある、ギラギラ立派な本社ビル。福井にこの商社ありと言われた、地場の大手企業の一つであった。

(その橋から見えるリバージュアケボノには、3回泊まった。展望風呂が素晴らしい。)

中国売上8割

 その化学品商社は、当時飛躍的な成長を遂げており、特に中国での業容拡大が、グループ全体の業績底上げに大きく寄与していた。そのビジネスモデルは、成功事例として経済紙等にも紹介され、社会的な注目を集めていた。

 ギラギラの若造からアラサーになっていた私。福井駅から同社の本社に着くころには、久しぶりの雪でお気に入りだったMade in Italyのブーツもずぶ濡れ。みすぼらしさの極み。

(福井駅の改札を出てすぐのところに立ち食い蕎麦がある。出汁が信州とも関東とも少し違って、とても美味しい。)

 「ああ、貴方が中村さん?そんな恰好で来たの?」まさに本社建物の雰囲気にピッタリな、アーバンでシュッとした細身のスーツに身を包んだ監査室長が応接してくれた。冬の北陸出張で学んだ事だが、冬は基本スーツに長くつ。弁当忘れても、傘忘れるなと言われる程天気が変わりやすく、折りたたみ傘は必携だそうだ。

 「はじめまして。海外信用調査会社の中村です。」「特に中国の企業情報に強みがあります。」と、濡れた服が乾く程商談に熱が入る。 

 当時、その英国系信用調査会社が扱っていた中国企業調査報告書は敵なしであった。海外企業調査の最大手が、不運にも見せしめ的に決算書取得ができないような社会的制裁を受け、依頼者に中国企業の業績数値が届けられる信用調査会社は、ほぼ一社に限定されていた。かつ、日本語での報告が廉価にできるといった特徴もあり、提案すればまず売れるという状況。まさにエース商材だ。

 「だから御社も使ってください!」決まった!! っと10秒程の静寂。

 「中村さん、さぁ。」室長が続ける。「うちの売上の8割は、中国企業からの売上だよ。おたくのレポート取得して、悪い点数がついて、それで売上が立てられなくなったらどうしてくれんの?」 

 アラサー目が点。大いに混乱する。お取引先に潜在するリスクを炙り出し、引当を含めて事前にリスクの最小化を進めておきましょうというのが、伝統的な信用調査報告書の在り方であるはずだが、この商社にはそれが通じない。売上の8割をくれる神様。その神様を悪と疑って、有難い売上が頂けなくなったらどうしてくれるんだ?という論理だ。

 「いや、けどリスクも掌握せずに、取引はできませんよね?」と食い下がるも、お客様=神様を冒涜したアラサーはもはや出禁状態。残念ながら、監査室長にレポートを使ってもらう事はなかった。

 倒産

 そんな大手商社も、あっけなく倒産してしまった。原因は、与信管理業務を中国現地に丸投げしていた事に伴う、百億単位の不良債権発生と、中国子会社の架空循環取引による売上高の水増し。現在は、別の化学品メーカーに吸収合併され、社名も新たに事業展開している。

 あの時、情報をキャッチする事の有効性や意味を、きちんと文章化して説明できていれば。

 現在の取引先各社が、どんな素性の会社なのかの顔ぶれチェックだけでも提案していたら?

 こういう会社こそ助ける事ができなくて、情報提供屋になんの意味があるのか?

 その後、現在に至るまで海外企業調査レポートの提供に関わっているが、なんどでも繰り返し思い出す、「私が企業情報を依頼者に提供する意味」のまさに原点にあたる経験である。

 余談

 アラサー時代の私の四囲環境は、確かに中国企業調査報告書を取得して、情報をキャッチする事に意味があった。しかし、アラフォーを過ぎた現在においては外部環境も大きく変わり、中国当局が発表する情報に基づき報告される中国企業情報を、100%信じていいものか?という視点が重要になっているように感じる。みなさんにおかれては、取引相手それ一社だけの分析で済ませる事のないよう、ご留意頂きたい。親会社や関連会社、それらの役員に名を連ねる自然人の顔ぶれ、さらに関連会社の株主等などを芋づる式に分析するアプローチを徹底されたい。そうすると、基本的にどの会社も最終的にあそこにたどり着くという事に、気が付く事ができると思う。

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